修験道(山伏)とは何かー日本人としての生き方・人格陶冶の道【体験編(出羽三山)|Vol.3】
豊かな島づくりの豊嶋です。
1年ほど前になりますが、2024年10月に1泊2日で、日本三大修験道の1つ「出羽三山」にて修験道体験をして参りました。そこで感じたこと、学んだこと等を書いていきたいと思います。
はじめに
概要 ー出羽三山の修験道について
今回修験道体験で参加したのは、東北山形県にある「出羽三山」。ここは古くから修験道の地であり、日本三大修験道(出羽三山、大峯山と、英彦山)のうちの1つに当たります。今でも全国から修験者が集まる日本最大級の信仰圏を誇る行場だそうです。
今からさかのぼること、推古元年(西暦593)。第32代崇峻天皇の御子であられる蜂子皇子(はちのこおうじ)によって開かれました。以来今日に至るまで、修験道の山としてその崇敬を全国より集めております。
なお、修験者が宿泊するための「宿坊」は、江戸時代(修験道として最盛期)には330件ほどあったようですが、令和の現在においては26件になってしまっているようです。日本はあらゆる面で衰退の一途をたどっておりますが、日本の精神性や伝統文化については、国家の根幹であり、衰退を何とかして食い止めなければと感じる次第です。
なお修験道が盛んだった頃は、関東の方から来る際は、山脈を2つほど超えて1ヶ月近くかけて歩いて山形県の出羽三山に来ていたようです。健脚の修験行者だとしても、現代に生きる我々から見れば、ありえないほど凄い・・・車のない時代を生きた昔の方々は、修験行者に限らず誰であっても、かなり歩かれていましたよね。
出羽三山とは何を意味するか?
出羽三山とは、「月山(がっさん)」「羽黒山(はぐろさん)」「湯殿山(ゆどのさん)」の3つの山の総称であります。それぞれの山に、修験道的な意味が込められています。
月山(がっさん)
この山は「前世(過去)」を意味しています。つまり先祖の魂が宿る(祀られている)場所と考えられており、ご先祖を敬う山としての位置づけになります。
羽黒山(はぐろさん)
この山は「現世(現在)」を意味しています。ですので現世での御利益を叶える山とされています。
余談ではありますが、今は「杉の木」で覆われていますが、昔はブナや、その他多様な木々(雑木林)で覆われていたようです。その密集して鬱蒼として暗い山から、「羽黒山」と名付けられたようです。
湯殿山(ゆどのさん)
この山は「来世(未来)」を意味しています。つまり、1度修行を通じて亡くなり、赤ちゃんのごとく新しく生まれ変わる山とされており、最も神聖な「奥宮」にあたり修行者最終的にたどり着く地です。
実際に赤い湯が湧き出る巨岩があり、それが御神体になっています。我々の先人たちは、湧き出る湯に何か新しいエネルギーを産み出す力を感じ取ったものと思われます。
出羽三山修験の掟
実際に修験道の行に入る前に、必ず守るべき約束(もう少し厳格な「掟」)について先達より教えて頂きました。
① 私語・無駄話を極力しない
当然修行に行くので当たり前ではありますが、先達からはこのように教えて頂きました。
「修験道は、1度山に入る=死ぬこと(新しい自分に生まれ変わるために)を指しております。よって、死人がぺちゃくちゃ山の中でお喋りをすることは当然ない」
とのことでした。個人的には「なるほど」と勉強になりました。
少し話が逸れますが、ただ「○○をするな」と言われるのと、「こういった意味があるので、○○をやってはいけない」だと、受け手の印象も大きく異なりますよね。どんなシーンにおいても、「意味を伝える」ことは大事だと、今当時の出来事を振り返ってみて思います。
② 全てに「受け給う(うけたもう)」
修行中は先達のいうことは絶対とのことでした。令和の現代社会における価値観と修行の世界や、道の価値観は異なります。修行は、「1度死ぬ(生まれ変わるために)」という側面と共に、自然と対峙する以上、実際に死ぬ可能性がある厳しい世界です。
もちろん、私が参加したのは修験道体験の範疇であり、実際に死ぬことは殆どありません。しかしながら、羽黒山においては、毎年「秋の峰入り」と呼ばれる、一般人にも開かれた本格的な修行があります。8月下旬~9月初旬で6泊7日。
私も興味があり、体験の後応募をしたのですが、落選してしまいました。その申請用紙の誓約書には、
「私は貴神社の羽黒派古修験道秋の峰の意義を理解し入峰を希望し先達の教えに従い個人の自覚において修行に励み、行中如何なる事が生じようともその責を問わないことを誓います」
という文章にサインをしなければなりません。
何がどうなるか分からない大自然の成り行き、死に直面することにも「受け給う(何があっても受け入れる)」の精神であり、また極力は死を免れるためにも、山を熟知した先達の言うことは、絶対的に「受け給う(全てをしっかり受け止める)」の精神が必要になるというわけです。
今回は体験参加(少しライトなもの)ではありましたが、行に入る前の最初のオリエンテーションで、「ピシャリ」と先達からお話があり、背筋が伸びました。
出羽三山の悲しい過去
出羽三山は、神仏習合が色濃く残る修験道の山でしたが、明治時代の国家神道のあおり(廃仏毀釈)を受けて、仏教を切り離さざるを得なくなりました。「山岳・自然信仰」をベースとして、神道、仏教、密教などの叡智を受け入れながら、1400年以上発展してきた修験道。
それを捨てなければならない。参道にあったお地蔵さんも全て捨てることになったようです。自分達が1400年以上信仰してきたものを捨てる痛みは、信仰と切り離して生きる現代の我々には想像もつかないものであったと、胸が締め付けられる思いがします。
しかし、先達はこう言いました。
「受け給うの精神でありのままを受け入れた」と。
確かに一部を切り離される痛みは大きい。でも、ここは「山岳・自然信仰」をベースとした修験道の山であり、その根幹が失われさえしなければ、辛いけれど、他のことは甘んじて受け入れられたのではないかと、先達はおっしゃいました。
出羽三山の修験道の食事 ー精進料理
修験道は「山岳・自然信仰」がベースであり、その信仰の対象である山々・大自然の恵みを頂戴して、人間として心・精神を磨く「精進する」という意味で精進料理ということだそうです。
また、とても意外だったのですが、ここ出羽三山において「魚」が精進料理に含まれるということ。山の頂上に降り注いだ雪・雨が森の中に溶け込み、川から海へと流れつく。山と海は別のものではなく、自然の循環の中で1つに繋がっている。だから、山の幸も海の幸も頂く、という考え方なのだそうです。個人的には「なるほど」と、今までになかった新しい視点で勉強になりました。
また、修験道の寺でも、禅寺(坐禅修行のお寺)でも精進料理は出てきますが、作法や食べ方は異なっているようです。(曹洞宗の開祖、道元禅師が開いた「永平寺」でも修行してきましたので、それは別途書きたいと思います)
禅寺も修験道の寺も修行体験をしましたが、共通している点は、「黙々と食べる」ということ。
今この目の前の自然の恵みに感謝して、黙って食べる。
気心しれた友人や家族と御喋りをしながら楽しく食べるのも人生における醍醐味かもしれませんが、頂いた「いのち」に黙って向き合う時間も、「食べる=いのちを頂く」という原点に立ち返れば、とても大事なことだと思います。
出羽三山の修験道の種類
今回私は1泊2日の修験道体験(講座)に参加しました。そちらは心身ともにそこまできつくはないものですが、それ以外にある本格的な修行を幾つかご紹介いたします。
秋の峰入り
少し前述しましたが、8月下旬~9月初旬にかけて「秋の峰入り」と呼ばれる「出羽三山神社」管轄の本格的な修行があります。
出羽三山の修験道は、第32代崇峻天皇の御子であられる蜂子皇子(はちのこおうじ)によって開山となりましたが、蜂子皇子が修業によって感得された道統を現在にまで受け継ぐ、伝統と格式のある修行です。
昔は、修行に入る者が1度死に(生まれ変わるために)、精子となり、母なる御堂(峰中堂(ぶちゅうどう))に籠り、そこで勤行を行って、満行(修行期間を通じて全ての修業を終えた)した際には母なる御堂より、新たな自分として生まれ出る(変わる)という修行のようです。期間は295日間(聞いた話だと。間違っていればすみません)。修行内容は自分の身内にも言ってはならず、口外しないことを血判で誓うようです。
そして今は修行期間が1週間に短縮されたものの、その当時からの修業を受け継ぐものであります。
この修業を経て、初めて「修験行者」として認められたようです。
百日籠行(ひゃくにちこもりぎょう)
そして、修行を繰り返し年齢も重ね、選ばれた60歳前後の人にしか出来ない修行があります。それを「百日籠行」と言うようです。年間にたった2人だけ、100日間山の中に籠って修行ができるようです。100日間のうち、50日間は羽黒山の中で唯一残っているお寺「華厳院」で、毎日勤行(祈りを捧げる)に励むようです。毎年9月24日頃~12月31日頃まで。そして、2人のうちどちらの修験行者の修業が素晴らしかったのかを競い合うお祭りが、年末に開催されるようです。
なお余談ですが、先ほど「出羽三山の悲しい過去」で書いた通り、修験道は「神仏習合」なので、「山岳・自然信仰」がベースに神道や仏教・密教等が交じり合っていましたが、明治の国家神道政策に伴う「廃仏毀釈」によってお寺は取り壊されてしまいました。
本来、この「華厳院」も取り壊されるようでしたが、当時天皇の勅使を迎え入れる場所にもなっていたようで、神社的な側面があるとと主張が受け入れられ残されたようです。
出羽三山で修行体験をしてきました
出羽三山に関する話が長くなりましたが、ここから私の体験も踏まえてお話をしていこうと思います。
15時頃、宿坊(大進坊)に到着。先ほどまでにお伝えした通り、先達による修験道に関するオリエンテーション、精進料理を食べた後は、初日の夜に最初の修業がありました。
白装束に身を包み、先達を筆頭にして行者が一列に並ぶ。辺りは真っ暗なので、ライトを片手に足元を照らしながら歩く。修験道の山に入る前に行きつく先は、「随神門(ずいしんもん)」。ここより先は、聖域にあたるため、中々簡単には立ち入れないような雰囲気を感じました。
静寂。
目には見えない怖さ、自然に対する畏れ。
1人だと、とても前に進めそうもない。けれど、先達や他の行者がいる。一緒にいる仲間の存在が心強い。自然や田舎に入って行けば行くほど、人の存在がいかに有り難く心強いか、修験道に限らず今田舎暮らしをするようになって、より強く感じます。
瞑想 ー国宝「五重塔」にて
そして国宝である五重塔の前に辿りつきました。
行者は自分の好きな場所に座り瞑想。「坐禅」ではありませんでしたので、目を閉じたり(坐禅は「半眼」と言って、半目開きです)、天を仰いだり、星を眺めたり。静寂さ、星の綺麗さ。自然と一体になった時間。
街灯の明かりが一切ない、満点の星空はとても贅沢でした。自然に身を置く時間は、自然とかけ離れた生活をする私にとっては、とても貴重なもの。
無明の世界 ー帰りの道にて
瞑想が終わって帰り道、先達が「せっかくなのでライトも消してみよう」と仰られ、行者全員がライトを消しました。目の前の人の「白衣」の本当に微かな明るさだけが頼りになりました。
無明
目に見えないもの、暗い場所は怖い。真っ暗闇の中、道の両脇に流れる水の音も、どこからともなく聞こえる動物の鳴き声も――でも、怖いという感情は自分が作り出したものであり、自分の意志で「怖くない」と思えば自然と怖くなくなりました。人は環境に影響を受けるのも事実であり、それを受けてどう感じるか(主体性を取る、感情を選択している)もまた人。
また、慣れてさえくれば、最初に抱いた怖さが嘘のように消し飛んでしまいました。
こういった時間から、「怖さから逃げず、意志を以て飛び込む」「慣れは成長の証、しかし堕落の入り口」だと気づきました。こういった非日常的に得た経験を、日常的な生活にどう生かしていけるか、それが問われていきます。これこそが本当の行なのだと思う次第です。
巡礼開始 ー最終日2日目
そして2日目(最終日)の修験道が始まりました。この日はもう少し山の方に登っていきます。

後悔 ー中途半端な自分
昨晩は夜だったので、あまり服装を気にしてはいませんでしたが、1点後悔したことがありました。それは、「白いズボンを買って持ってこなかった」こと。
仕事でも修行でも何であれ、中途半端ではなく、本気でやるか、全力で取り組めるか。今回修行体験であるため、あまり事前準備に想いを巡らせていませんでしたが、「できる限り正装」に近い形で修行に望めた方が良かったなと感じました。
中途半端な気持ちでは、中途半端な結果しか得られません。これもまた修行をしながら学んだことの1つです。
気恥ずかしさを乗り越えて
この出羽三山は勿論一般客にも開かれた東北を代表する観光名所の1つでもあります。そういった中で、白衣を着て、先達の「お立ち(厳密な表現は、「おたぁちぃぃ」)」の掛け声に対して、「受け給う(うけたもぉぉう)」と大きな声を出す。そして前回の熊野もそうでしたが、お社ごとに祝詞を奏上する。
慣れないこと、観光客の視線に少し気恥ずかさを覚えながら、行を進めていました。しかし、途中からは「中途半端では意味がない」と、祝詞も、「受け給う」も自分なりに精いっぱい声を出してお勤めさせて頂きました。精いっぱい取り組んだ後の方が、後悔もないですしスッキリもします。
簡素・素朴な美 ー五重塔の荘厳さ
昨日夜も訪れましたが、暗がりでしたのであまり良く見えませんでしたが、実際に目の当たりにすると、鳥肌が立つほどに感動しました。木材のみで建てられ、余分な装飾や華美な色なども一切なく、ただ自然本来の姿。自然を最大限に生かした姿。
なので、周りの森の木々とも見事なまでに調和、一体化していました。

こういった「自然由来」や、派手さがなく「質素・簡素・素朴」なものに美を見出してきたのが、日本人の独特の感性だと思います。それが、この五重塔には見事に表現がなされていると思いました。
私も人として、余分なものが一切なく、「質素・簡素・素朴」と言われる人間に、死ぬときにはなりたいと思います。
焦らず飛ばさず ー歩き方に学ぶ「生き方」
その後も、山を目指して歩んでいきます。参道は、焦らず飛ばさす1段1段ゆっくりと登っていきました。焦り飛ばせば、早く辿りつけるかもしれませんが、「長く続く」かどうかは難しくなるかもしれません。1つ1つ丁寧な歩みこそ、長続きし、また遠くに行けるのだと感じました。
そして、山を見据えながらも、一歩一歩、足元を意識して歩く。目の前のことに集中していさえすれば、あまり邪念が入る隙はありません。これは禅の極意とも同じだと思います。(もちろん私は、集中しきれず、あれやこれやと考えてしまうときが多々ありましたが・・)
羽黒山の頂上到着
そして羽黒山の頂上に辿り着き参拝をさせて頂きました。

昔は当然写真のような拝殿なども何もなく、頂上にある「鏡池」を訪問していたようです。水が枯れることなく、いつもそこにある池に対して、人の力を超えた、自然の力に思わず手を合わせ敬っていたのだろうと思われます。
また平安の時代から、自分の汚れた心を、綺麗な鏡池に奉納すれば、禊ぎ・祓われると信じられてきた場所です。
質素なおむすびの美味しさ
一通りの行が終わり、頂上まで持っていったお結びを食べました。大きな塩むすびが2つ。何とも質素な食事ではありますが、山を歩いて身体を動かし、祝詞を奏上し、少し疲れている身体に染み渡る美味しさでした。
疲れた身体、大自然の中で食べるご飯は、どんなものであっても御馳走であり、質素であっても十二分に満足することができます。
何を食べるかも大事ですが、どういう状態、特に「どういう心の状態」で食べるかだと感じます。
さいごに
今回1泊2日の短い期間、かつ体験講座ではありましたが、様々な学びや気づきがありました。
非日常的な空間で、大自然、御神徳を頂き、自身の感性・霊性意識を高め生まれ変わる。ただし、改めて大事なことは、そこでの学び・気づき、生まれ変わった自分自身で、日々の日常をどう生きるかということだと思います。
精神的なテーマの話ではありますが、私の書いている内容は全て「実践哲学」であり、日々の実践に置き換えて行動に繋げるものであります。日常で、絶えず人格を高め、そして「利他の志、慈悲、思いやりの心」で周りの人や社会にどう貢献するか。そこが問われていきます。むしろ、修行の本丸とは、日常にあり。
これからも日常の中で、精神修養、人格陶冶に生き、また日本人としての道を歩んでいきたいと思います。
豊かな島づくり
豊嶋
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