坐禅―自灯明 法灯明―
豊かな島づくりの豊嶋です。
2月17日(火)は、2か月に一度の坐禅会でした。ちょうど前日、針灸院の先生から「頭の方に氣が溜まっている」と言われ、瞑想や坐禅によって思考をクリアにすることを勧められていたため、良いタイミングでの参加となりました。
今回は少し早く到着したため、谷中墓地に眠る渋沢栄一翁の墓前で手を合わせました。
もともとは、時間ぎりぎりに到着するタイプなのですが、最近は早めに着くようになりました。早め早めの時間を意識すれば、余裕が生まれ、新たな出来事・出逢いに遭遇することがあります。今回は、これまで訪れることができなかった渋沢栄一翁のお墓に手を合わせることができ、何よりです。

その後、全生庵にて山岡鉄舟翁にご挨拶をいたしました。

続いていつも通り、事務局のお手伝いとして受付を担当しました。道場においてはすべてが己を磨く修行の場です。このような無償奉仕もまた修行の一つであると受け止めております。
また、お墓参りから、受付、そして坐禅。この流れが、自分を整える大切なルーティーンになっております。
■ 自灯明・法灯明
約1時間ほどの坐禅が終わったあと、ご住職より法話がありましたので、その内容を紹介させていただきます。
この日は、仏教を説かれた釈尊(釈迦)のご命日(2月15日)にちなむお話でした。(余談ですが、私の母の誕生日も2月15日であり、こうした出来事にも何か意味があるのかと感じております。)
釈尊が亡くなられる際、死を嘆き「この先どう生きていけばよいか」と泣きすがる弟子の阿難に対して、釈尊は次のように説かれたといいます。
「自灯明 法灯明(じとうみょう ほうとうみょう)」
その意味は、「自分(釈尊)はすべてを説いた。今後は教え(法)をよりどころとし、その教えに従って生きることで、自分自身の中に本来ある灯に気付き、その灯によって自らを照らして生きなさい」というものです。
すなわち、真理(法)によって照らされると同時に、自らが本来持って生まれた仏性(良心・良知)によって、自分自身や周りを明るく照らすということだと、お話を聴いて解釈をしました。
このお話を通じて、改めて大切なことは「本物の学問・古典など」に触れ、それを実践すること(知行合一)。そして、生まれた良心(仏性、良知、直霊)に立ち返り、人格を磨き、人徳を高めていくことだと感じました。
磨かれた人格と誠実な人柄によって、自分も周りも幸せになっていくのだと学びました。
真理(道)も、人が持って生まれた良心も普遍的であり、常に変わることはありません。移ろいやすいのは自分の心です。成長の過程で、心にこびり付いた私心や煩悩。そこから離れ、空の境地に近づくことができるかどうか。
エゴとエゴで対立の絶えない社会情勢や、国際情勢ではありますが、平和を作るのはいつの時代も、まずは修身、己の心から。
まだまだ修行は道半ばですが、これからも人の道を求め、精進してまいります。豊かな島づくりではこういった価値観のもと、事業活動を推進して参ります。ご共感いただける方は、ぜひお気軽頂けましたら幸いです。
豊かな島づくり代表
豊嶋純平
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