日本の教育を変えるために、何ができるのか?
豊かな島づくりの豊嶋です。
先日21日(土)は、恩師である林英臣先生、そして新しい歴史教科書を作る会顧問の藤岡信勝先生の講演会に参加して参りました。
テーマは、「日本の教育を変えるために何ができるのか」。
少し重たいテーマではありますが、まずは前半の藤岡先生のお話を、私なりに整理させていただきます。
歴史教科書の問題について
藤岡先生は、長年にわたり日本の歴史教科書問題と向き合ってこられました。
文部科学省の学習指導要領には、
「我が国の歴史に対する愛情を深め、国民としての自覚を育てる」
という目標が掲げられています。
しかし実際の教科書の内容や採択の現場では、その理想と現実のあいだに、少なからず隔たりがあるのではないか。そうした問題提起がなされました。
教科書は、
① 民間出版社による策定
② 国による検定
③ 市町村・行政区域による採択
という三段階を経て、子ども達の手に渡ります。
それぞれの段階に課題があること、また採択の仕組み(単独採択と共同採択)の違いによって、首長や教育委員会の影響力が変わることなど、具体的なお話がありました。
私は、こうした仕組み自体をこれまで深く理解しておらず、大変勉強になりました。
私自身の実感
■学生時代の私
正直に申し上げると、私は小学校~高校までの学校教育の中で、
「日本という国に誇りを持とう」と思った学びや記憶は、ほとんどありませんでした。
自分がどんな国に生まれ、どのような歴史の積み重ねの上に立っているのかを、深く考える機会は多くなかったように思います。
大学生になり、世界を旅するようになったことで、世界から日本を知り、その結果日本人としての誇りが自然と芽生えてきました。
その一方で、自分が日本のことを何も知らないなと、自ら歴史を学び直す中で、日本という国の奥深さや先人の志に触れたとき、はじめて「歴史を知ることが、日本人である自分を知ることにつながるのだ」と実感しました。
■教科書と、どう向き合うか
教科書問題は、非常に意見の分かれる難しいテーマだと感じました。
だからこそ私は、「どちらが正しいか」という善悪二元論、二項対立・分断構造よりも、日本人としての和の精神性を重んじながら、
「私たちは、子ども達にどんな歴史観を手渡したいのか、知ってほしいのか」
「日本人としての自己認識や素朴な誇りを、どう育てていくのか」
というただ純粋な問いを、大人世代が真剣に考えることが大切なのではないかと感じました。
例えば、戦争の歴史的評価についても様々な見解があります。アジア諸国の独立との関係性や、当時の各国首脳の発言などが、教科書では触れられていないという意見もあります。
もしそれらが歴史的な事実として確認できるものであるならば、子ども達が多面的に日本や歴史を考える材料として触れる機会があってもよいのではないか。そしてその中から、日本という国に対する素朴な誇りが自然と芽生えるのであれば、それは教科書の目標にも適うことなのではないか。私はそのように感じました。
事実、私個人としては、各国首脳の日本に対する発言は、子どもの頃に教えてほしいと素直に感じる内容ばかりでした。
「無関心であっても、無関係ではいられない」という言葉があります。今を生きる責任世代の姿勢や選択は、確実に子ども達や日本の未来へとつながっていきます。私自身、教科書問題については今回初めて深く触れましたが、まずは社会に意識を向けること。その一歩だけでも、小さな社会貢献になるのではないかと感じています。
私にできること
こうした学びを得ながらも、私は教科書を作る立場ではありません。
けれども、
・日本の歴史や精神文化を学び直す場をつくること
・若い世代が日本を知る機会を届けること
・志ある人づくりに取り組むこと
これは、自分の人生の一部でしっかりと果たしていこうと改めて感じました。また今回初めて深く学んだ教科書の問題にも関心をむけつつ、自分にできる形で向き合っていきたいと思います。
なお今回の会場には、政治家・教育者・民間の方々など約200名が集まっていました。立場は違えど、「日本の教育を良くしたい」という思いは共通していたように感じます。
点が線になり、線が面になる。
戦後100年を迎える2045年に向けて、私たちはどのような教育を次世代に手渡すのか。私自身も引き続き考え続けていきたいと思います。
この文章が、日本の教育や未来について想いを巡らせる、小さなきっかけとなれば幸いです。
豊かな島づくり代表
豊嶋純平
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