縄文道と、日本精神とは?
豊かな島づくりの豊嶋です。先日2月25日(水)は、縄文道塾の加藤春一先生よりお声掛けを頂きまして、勉強会に参加してきました。かなり多くの学びや気づきがありましたが、ボリュームがかなり多かったので、全四回に分けて書かせて頂きます。
武士道精神の源流は「縄文」にあり
加藤先生は、縄文精神(縄文道)こそが、日本人の精神やDNAの源流であると語られます。
時代が移り、大陸から儒学や仏教などの思想が流入しても、それらを排除するのではなく、同化し、日本化していく包容力。その和の精神こそが縄文精神である、という視点です。
和辻哲郎 の『日本倫理思想史』にも、縄文時代の公共性・社会性・倫理性・利他性の高さが言及されていると紹介がありました。
また、現時点で確認されている縄文遺跡からは、大規模な争いや殺戮の痕跡は見つかっていないとされます。四季折々の自然と共に生き、その恵みを受けながら暮らしていた人々。
縄文とは、単なる「原始時代」ではなく、高い精神性を持った文明だったのではないか。
この縄文の精神こそ、日本人が立ち戻るべき原点である――そう強く感じました。
縄文時代の村と暮らし
澤田健一氏からは、縄文時代の生活実態について学びました。
縄文人は、これまで狩猟民・採集民・漁民と理解されてきました。しかし近年の研究では、あずき栽培が一万年以上前から日本で行われていた可能性が指摘されており、従来の「農耕は大陸から伝来した」という定説が見直されつつあります。
また稲作も大陸側からもたらされたと習ってきましたが、最近は定説が覆りつつあり、縄文時代には既に稲作が行われてきたと、認められつつあるようです。
縄文人は、狩猟・採集・漁労に加え、農耕的要素も持ってたことを裏付ける根拠の一つとして、集落内に落とし穴が設けられており、動物から作物を守るための捕獲穴として機能していた可能性があるとのことです。
縄文とは、原始的な暮らしではなく、自然と調和しながらも知恵と工夫を重ねた世界最古の高度な文明であったかもしれないという、これまで十分に語られてこなかった実態が明らかになるにつれ、日本という国そのものの再評価がさらに進んでいくのではないかと、明るい希望を感じた次第です。
豊かな島づくり代表
豊嶋純平
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