伊那小学校の教育視察ー探求(個性)教育と、人間教育のこれから

豊かな島づくりの豊嶋です。

長野県伊那市の視察の二日目(2月7日)には、伊那小学校の公開授業を見学させて頂きました。伊那小学校は通常の公立学校でありながら、全国的にも先進的な教育を実践していることで知られており、毎年多くの教職員が視察に訪れている学校です。今回は学校教員という立場ではありませんでしたが、貴重な機会を頂き視察させて頂きました。

従来型の知識偏重教育を受けてきた私にとって、探求教育の先進的な事例は、非常に興味深く驚きの連続でした。


■ 内から育つ、個性を伸ばす教育

伊那小学校の教育の特色として、「内から育つ」というスローガンを掲げ、子ども達の潜在能力や個性を尊重した教育を実施している点が大きくあります。

大人がレールを敷き、その通りに導く教育ではなく、子どもの内なる可能性を信じ、自らが自らを豊かにしていく力を持っているという前提に立っています。教師はその伴走者として関わる存在であるとのことでした。

印象的だった言葉として、個性を「原木」に例え、「教師の力で削り、仏像としていく」という表現がありました。一般的な教育は、原木である個性の周囲に、知識という紙を貼っていくような知識注入型の教育ですが、ここでは子ども達の個性そのものを磨き、長所を引き出していく教育を重視しています。

教師主導ではなく子ども主体の教育。それぞれが自立した存在として、教材や教育テーマを介しながら対話を重ねて学んでいく姿が印象的でした。そういった意味で、大人と子どもが対等な関係性にあることを大切にしているように感じました。


■ 五感を使った実践的な学び

授業の内容も非常に興味深いものが多くありました。

・みんなで野菜を育て、ビュッフェとして町中でお店を出す
・鶏や羊、馬などの動物を育てる
・校庭に田んぼを作り、おむすびを作る(結果、ほとんど育たなかった一方で、自然の厳しさと、食の有難さを学ぶ良い教訓となった)
・出汁を取るなど和食文化を学ぶ(地域の割烹料理の職人にも学びながら)

子ども達の興味関心を出発点とし、五感を使いながら学びを深めていく教育がなされていました。

もちろん一般的な座学の授業もありますが、例えばお店の運営を通じてお金の計算を学ぶなど、実践の中で算数や社会に触れるような形で、総合的・探求的な学習時間が多く確保されているようでした。

また、飼っている馬を連れて地域のお寺に参拝したり、坐禅体験をするなど、地域社会や伝統文化との関わりも大切にしている点も印象的でした。


■ 印象的だった先生方の言葉

現場の先生方の言葉も大変印象的でした。

・理想の授業像はあるが、想定外の出来事も楽しむ姿勢を大切にしている
・大人はゴールや時間軸が見えている(ため焦ることもある)が、子どものペースも尊重する
・例え失敗しても、自分達で考えて行動した経験の方が価値がある
・失敗があるからこそ、次の成功への喜びがある
・分からなさを抱え続け、問い続けることにこそ教育的な意味がある

教育とは単に知識を教えることではなく(それが大事な場合もありますが)、人の成長そのものを支える営みであることを改めて感じました。

またクラス名が「和」「仁」「愛」「忠」「孝」など徳目を表す言葉であったことも印象に残りました。こういった些細な仕組みの中に、組織としてのポリシーが宿っていると感じます。


■ 探求教育(個性教育)の意義

一般的な学校教育は、教科書を基に既に答えのあるものにいかに正確に到達するかが主な目的でした。しかしAIやテクノロジーの進歩により、知識量や計算能力において人間は遠く及ばない時代になりつつあります。

また、テクノロジーの進化に伴って、五感を使った肌感覚のある教育や、人との交流が失われていることを端的に示すものとして、

今の現代社会は、face to faceから、finger to fingerに変わっている

という言葉が印象に残っています。もともとは、リアルな場で人と人が交流していた一方、現代はスマホのアプリケーションを指先で動かし、指先と指先で繋がっている時代です。果たして、それだけで良いのか、という問いかけが投げられており、「確かにそうだ」と考えさせられました。

そうした中で、子どもの興味関心や主体性を軸にした探求教育、身体性を重んじる教育の重要性は、今後ますます高まっていくと感じました。こうした教育を公立小学校でありながら数十年前から継続してきた伊那小学校の取り組みには、大きな価値があると思います。

また子ども達が田んぼに取り組んだ事例発表の後、今後の展望として、水が通常の稲作の100分の1程度で収まる、水がなくても育つ「ビール酵母の稲」を水田に植えるような実証実験も行っていくこと、そうすれば、教育が閉ざされた空間から、社会との有機的な繋がり(社会を動かす可能性)が期待されるという話もありました。探求学習の更なる可能性と発展は、新たな視点であり、大変興味深く聴いておりました。


■ 個性教育と徳性教育

一方で、個性を伸ばす教育が重要であることは間違いありませんが、その根底には「人としてどうあるか」を問い続ける徳性教育も不可欠であると感じました。

感謝、謙虚さ、思いやりといった人間性、日本人としての心や伝統文化など、人としての土台を育む教育の重要性は今後ますます高まるのではないでしょうか。

現代では共働き家庭の増加や核家族化、地域との関係性の希薄化により、人間教育を担う主体が限られてきています。学校の教員だけで担うには負担も大きく、社会全体で人を育てる仕組み(志塾や、寺子屋といった学び場の再興など)を考えていく必要があると感じました。

かつて日本では教師は人としての模範であり、「聖職者」とも呼ばれていました。時代は変わりましたが、子ども達に人としての在り方を伝える役割は、今後も不可欠だと思います。


■ 人づくりの再設計へ

伊那小学校では、飼育している動物の誕生や死を通じて、命の大切さや感謝の心を学ぶ教育も行われていました。探求学習と並行して、命や心に向き合う機会が設けられている点は、大変意義深いものです。

これからの教育は、知識重視から脱却し、個性を伸ばす教育。そして、人間性を育む教育の両立が求められるのではないでしょうか。

子ども達にとって本当に必要な学びとは何か。家庭、学校、地域社会の在り方を含めて、教育の再設計が求められていると感じた視察となりました。

豊かな島づくりとしては、探求学習ではなく、志塾の活動を通じて、「人間教育」領域を担って参りますが、同時にこういった探求学習が公教育の中で広く社会に展開されていけば、日本社会も明るくなっていくのではないか、そういった希望を胸に視察を終えました。

豊かな島づくり代表

豊嶋純平

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